大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和29年(ワ)627号 判決

昭和二八年(ワ)第二五七五号事件原告

昭和二九年(ワ)第六二七号事件被告 倉橋喜世

右代理人弁護士 広瀬武文

原田茂

昭和二八年(ワ)第二五七五号事件被告

昭和二九年(ワ)第六二七号事件原告 株式会社銀水堂

右代表者 蔡火欽

右代理人弁護士 岡田錫淵

小峰長三郎

主文

一、昭和二八年(ワ)第二、五七五号事件被告が、別紙物件目録記載の建物につき、同事件原被告間の東京地方裁判所昭和二三年(ワ)第四、〇四九号店舗明渡請求事件において昭和二五年四月一二日成立した和解による賃貸借(期間昭和二五年一一月一日から昭和二八年一〇月三一日にいたるまでの三箇年)に基く賃借権を有しないことを確認する。

二、昭和二八年(ワ)第二、五七五号事件被告は同事件原告に対し金一六万五、七七六円及びこれに対する昭和三三年四月一二日から右支払済にいたるまで年五分の割合による金員竝びに昭和二九年一月一日から前項の建物の明渡にいたるまで一箇月につき金一六万七五〇〇円の割合による金員を支払え。

三、昭和二八年(ワ)第二、五七五号事件原告のその余の請求を棄却する。

四、昭和二九年(ワ)第六二七号事件原告の請求を棄却する。

五、訴訟費用中、昭和二八年(ワ)第二、五七五号事件につき生じた費用は、これを四分し、その三を同事件被告、その一を同事件原告の負担とし、昭和二九年(ワ)第六二七号事件につき生じた費用は、同事件原告の負担とする。

六、昭和二九年(ワ)第六二七号事件につき、当裁判所が昭和二九年一月二五日にした強制執行停止決定を取り消す。

七、この判決は、第二項及び前項に限り、仮りに執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

第一、(昭和二八年(ワ)第二、五七五号事件について)

一、原告が本件建物の所有者であり、被告がもと株式会社銀水と称し、本件建物で中華料理業及びパチンコ遊技場を経営し、昭和二八年二月一〇日、現商号に改め、引続き本件建物を使用して、時計宝飾品売買業を経営する会社であること、原被告間の東京地方裁判所昭和二三年(ワ)第四、〇四九号店舗明渡請求事件において昭和二五年四月一二日成立した本件和解により、原被告間に、原告を賃貸人、被告を賃借人とする本件建物の賃貸借が締結されたことは当事者間に争がない。

二、原告は、「本件賃貸借は、一時使用のための賃貸借であるから、その存続期間の満了により、終了した。」と主張し、被告はこれを争うので、先ず本件賃貸借が一時使用のための賃貸借であるか否かについて、以下に判断する。

成立に争のない甲第一ないし第三号証、同第五号証、同第七号証、同第一〇ないし第一三号証及び第十五号証、証人倉橋福、同原田茂、同志垣又次、同沢誠二及び同周玉秋の証言(ただし証人周玉秋の証言中、後記信用しない部分を除く。)竝びに原告の弁論の全趣旨を総合すると、本件和解成立の経過として次のような事実が認められる。

すなわち、原告の先代は明治五年以来本件建物で、そば屋を経営し、その長寿庵という名称は老舗として知られ、原告は右営業を継いで、本件建物の階下でこれを経営すると共に、階上でイタリヤ風マカロニ料理業を経営したが、養子となつた倉橋又次(現在は離縁により志垣と改姓)に右営業の経営と本件建物の管理を任せた。倉橋又次は昭和一九年五月三〇日、当時戦争末期の特殊事情から営業不能の状態にあつたので、福地工業株式会社に対し本件建物を期間一箇年の約定で賃貸した。終戦後倉橋又次は同会社に本件建物の明渡を求めたが、応じないので、同会社の賃料不払の事実を理由に、本件建物の明渡請求訴訟を東京地方裁判所に提起したが、その結果昭和二二年九月九日同裁判所において、右当事者間に福地工業株式会社は本件建物を明け渡すこととし、その明渡猶予期間を昭和二五年一〇月末日までとする調停(同裁判所昭和二一年(ユ)第六号建物明渡等請求調停事件)が成立した(この調停成立の事実については当事者間に争がない。)。原告は右猶予期間の経過と共に福地工業株式会社から本件建物の明渡を受け、先代以来の営業の外、時代に即した事業を営む計画であつた。ところが福地工業株式会社は右明渡猶予期間中に原告はもちろん倉橋又次に無断で渡辺隆に、権利金及び造作代をとつて本件建物を引き渡し、渡辺隆は更に昭和二三年六月九日同じく無断で被告に、合計六五〇万円の権利金及び造作代を徴して、本件建物を賃料一箇月につき二、二五〇円の約定で賃貸した(右賃貸の事実については当事者間に争がない。)。原告は、後になつてこのいきさつを知り、不法占有者である被告に対し本件建物の明渡を求めたが、拒否されたので、昭和二三年一一月二日東京地方裁判所に被告を相手方とする本件建物明渡請求訴訟(同裁判所昭和二三年(ワ)第四、〇四九号)を提起した。しかるに右訴訟係属中裁判所から和解の勧告があり、被告からは、「渡辺に多額の権利金を支払い、本件建物には費用をかけているので、ぜひ三箇年だけはこれを貸してもらいたい。」と懇請されたので、前後十数回の和解の折衝を通じて強く即時明渡を要求していた原告も、被告が渡辺隆から本件建物を賃借するにあたり多額の権利金及び造作代を支払つていることなどを考慮し、またこの際速かに本件建物の使用関係につき一切の紛争を解決し、これを明確にするため、やむなく和解に応ずることとし、前記調停で定められた福地工業株式会社の明渡猶予期間が約三箇年であつたことにならつて、被告に対しても三箇年を限つて本件建物を賃貸するが、期間満了のときは必ずその明渡を受けることを和解の基礎とすべきことを要求したところ、被告がこのことを了承したので、渡辺隆をも利害関係人として参加させた上で、本件和解を成立させるに至たつた。

以上の事実が認められ、この認定に反する証人周玉秋、同渡辺隆、及び同勝満の証言並びに被告代表者蔡火欽尋問の結果は信用することができない。

次に、証人志垣又次、同倉橋福、同原田茂及び同沢誠二の証言を参酌して本件和解条項をみると、本件賃貸借については、前記期間が満了したときは、本件賃貸借は当然終了し、被告は原告に対し本件建物を明け渡すこと(条項第一項)の約定(後記認定のように、本件賃貸借は一時使用のための賃貸借であつて、借家法の適用がないから、この約定が、同法の規定に反する無効のものとはいえない。)がある外、前記期間中は賃料(後記認定の損害金を含む)を増減しないこと(条項第二項)、原告は、被告から本件建物を明渡を受ける場合には、被告が既に施工し、又は附設した本件建物の三階の改造部分及び一階の鎧戸を時価で買い取ること(条項第五項)、被告が本件建物の改造又は修繕をするには、原告の承諾を要すること(条項第六項)などの約定があることが認められる。

以上のような本件和解成立の経過及び本件賃貸借の内容などからすると、当事者は、本件建物を前記期間に限つて賃貸するが、その期間経過後は賃貸借を継続する意思が全くなく、本件建物の明渡を予定していたものと認められるから、本件賃貸借は、原告が主張するように、前記期間を存続期間とする一時使用のための賃貸借であると認定すべきである。

被告は、「本件和解成立の際当事者間に、本件賃貸借は、被告に賃料の延滞さえなければ、更新されるとの了解があつた。」旨を主張するのであるが、これに添う証人周玉秋及び同勝満の証言並びに被告代表者蔡火欽尋問の結果は信用することができず、他にこのような事実を認めるに足りる証拠がない。更に被告は、「原告は本件賃貸借の権利金等として一一〇万円を受け取り、且つ賃料を一箇月につき八万五、〇〇〇円に値上げした。また前記期間は本件賃貸借の賃料改定の期間である。」と主張し、これらの事実を前提として、本件賃貸借が一時使用のための賃貸借であることを否定するのである。そして原告が本件和解に基き被告から一一〇万円を受け取つたことは当事者間に争がなく、被告と渡辺隆との間の本件建物の賃貸借における賃料が一箇月につき二、二五〇円であつたことは前記認定のとおりであるが、その他の被告の右主張事実に添う証人周玉秋、同渡辺隆及び同勝満の証言並びに被告代表者蔡火欽尋問の結果は、本件和解条項に照し、且つ後記認定に援用する証人の証言に比して、信用することができない。むしろ本件和解条項並びに証人倉橋福、同志垣又次及び同原田茂の証言を綜合すると、前記一一〇万円は、原告が本件和解をするについて被告及び渡辺隆から、昭和二三年六月九日以降昭和二五年一〇月末日までの本件建物の賃料相当の損害金及び本件建物で営業することができないことによつて受けた、又は受ける損害金として支払を受けることを約し、その後被告からこれを受け取つたものであること、原告は本件賃貸借につき、本件建物の賃料の外に、原告が本件建物で営業をすることができないことによつて受ける損害金を含めて一箇月につき八万五、〇〇〇円の支払を受け、この金額は前記期間中増減しないことを約したものであること――従つて前記期間は本件賃貸借の存続期間であると共に、賃料不増減の約定期間であること――が明らかである。なお本件和解条項第七項によると、原告が、本件賃貸借の存続期間中本件建物の所有権を他に移転しても、新所有者をして、自己のため使用するとの理由で本件賃貸借の解約の申入れをさせないことを約したことが認められ、また原告に対し昭和二八年四年六日到達の書面で本件賃貸借は更新拒絶の通知をしたことは、当事者間に争がないが、これらの事実は、本件賃貸借が一時使用のための賃貸借であるとの前記認定の妨げとはならない。他に前記認定を覆すに足りる証拠がない。

以上の次第で、本件賃貸借は前記期間を存続期間とする一時使用のための賃貸借であるから、借家法の適用を受けることなく、従つて法定更新されることなく、前記期間の満了によつて、昭和二八年一〇月末日限り終了し、被告の賃借権は消滅したものといわなければならない。

三、次に、「本件和解は要素の錯誤により無効である。」との被告の抗弁について判断する。証人周玉秋、同勝満及び被告代表者蔡火欽は、「被告の代表取締役であつた周玉秋は本件賃貸借が通常の賃貸借であると信じて本件和解に応じた。」趣旨の証言又は供述するが、このような証言及び供述は、既に認定した本件和解成立の経過及び本件賃貸借の内容等からみて、とうてい信用することができず、他に本件和解につき被告主張のような錯誤があつたと認めるべき証拠がない。被告の抗弁は理由がない。

四、よつて、被告が本件賃貸借に基く賃借権を有しないことの確認を求める原告の請求は、正当として認容すべきである。

五、本件賃貸借が昭和二八年一〇月末日限り終了したことは、以上に説明したとおりである。しかるに、被告がその後もなお本件建物を占有していることは被告の自ら認めるところであるが、以上に判断した被告の主張以外には、これを占有するにつき原告に対抗し得べき権原を有することの主張立証がないから、被告は昭和二八年一一月一日以降は不法に本件建物を占有して、原告の所有権に基く本件建物の使用収益を妨げ、原告にこれによる損害を蒙らせているものと認めることができる。そしてその損害は、通常本件建物の相当賃料と同額であると認めるべきところ、鑑定人市川鉄四郎の鑑定の結果によると、昭和二八年一一月一日当時における本件建物の賃料は一箇月につき一六万七、五〇〇円を相当とすることが認められ(鑑定人佐々木宏の鑑定の結果は採用しない。)から、被告は原告に対し昭和二八年一一月一日から本件建物明渡済にいたるまで一箇月につき一六万七五〇〇円の割合による賃料相当の損害金を支払うべき義務がある。

故に、原告の損害賠償の本訴請求は、昭和二八年一一月一日から同年一二月末日までに生じた賃料相当の損害金合計二三万五、〇〇〇円の内金一六万五、七七六円及びこれに対する昭和三三年四月一二日(右損害金の請求を記載した原告の昭和三二年五月一七日附準備書面が被告に到達した日の翌日以後の日であることは本件記録上明らかである。)から右金員支払済にいたるまで民法所定の利率年五分の割合による遅延損害金竝びに昭和二九年一月一日から本件建物明渡済にいたるまで一箇月につき一六万七、五〇〇円の割合による賃料相当の損害金の支払を求める範囲において、正当として認容し、これを超える部分は失当として棄却すべきである。

第二、(昭和二九年(ワ)第六二七号事件について)

原被告間の東京地方裁判所昭和二三年(ワ)第四、〇四九号店舗明渡請求事件につき、昭和二五年四月一二日本件和解が成立し、その和解調書に、前記期間が満了したときは、本件賃貸借は終了し、被告は原告に対し本件建物を明け渡すべき旨が定められていることは、当事者間に争がない。

しかし、「本件賃貸借が通常の賃貸借であつて、前記期間の満了によつて終了することなく、法定更新によつて現に存続するものであり、また本件和解が、その要素に被告の錯誤があつて、無効である。」との被告の主張がいずれも理由のないことは、既に述べたところによつて明らかである。

そうすると、本件和解調書の執行力の排除を求める被告の本訴請求は、失当であるから、これを棄却すべきである。

第三、以上の次第であるから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、強制執行停止決定の取消につき同法第五四八条、仮執行の宣言につき同法第一九六条、第五四八条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉田豊 島原清 立原彦昭)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例